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2012年5月13日 (日)

『佐藤通弘津軽三味線門下生発表会』

ああ、体が重い。
もう8時を過ぎたのに、なかなか起きられない。

今日は門下生発表会

昨日は朝早くから会場で、舞台美術、音響照明の仕込み。
名取披露口上、特別出演幕開けの段取り。
合奏のリハーサル。
全て終わったのは夜の9時。

家に帰ったらクラッとした。
やっと起き出して髭を剃っていたら、やたら電話がかかってきて
なかなか家を出れない。
あせる。
発表会会場に着いたら開幕10分前だった。
門下生50名は、開幕合奏の体勢で舞台上に勢揃い。
なーんだ。私がいなくても出来るじゃない。
無事に幕が開いたのを確認してから楽屋に。
あとは楽屋のモニターを見ながら諸々雑用。

発表会では私は雑用係り。
門下生の皆さんの発表会なのだから、私はなるべく舞台に出ない。
合奏のたて三味線(合奏の指揮をする人)も師範、名取さんがする。
発表会では門下生の皆さんに、舞台係りや進行係り会場係りなどを一切させない。
舞台監督、音響、照明、舞台装置、舞台美術。
私のコンサートと同じように専門スタッフを揃えて、門下生の皆さんには、
自分の演奏に集中できるようにしてあげたい。
プログラムは予定時間どうり進行している。

一部最後の演目は、私の母の日本舞踊『浦島』。
母は長年、日本舞踊の師匠をしながら私を育ててくれた。
母にとって踊りは命。
ところが父が亡くなって以来、母は踊りを踊らなくなった。
踊らなくなってからは、寝たり起きたりの毎日。
そんな母が、元気になるきっかけになればと、私は発表会の
プログラムに勝手に載せてしまった。
昨日のリハーサルで母は、ふらふらしながらも、曲の終わりまで踊ることが出来た。
見ていられなかった。いつ倒れるか。
何度、『もういいから。もう踊らなくてもいいから。』と、言おうと思った。
でもハアハア荒い息をしながら、懸命に踊り続けようとする姿に。何も言えなかった。
『舞台で死ぬのも、芸人の本望。』
そんな気がしてきた。
私が同じ立場になったら、きっとそう思うだろう。
母の出番がやってきた。
私は、もし母が舞台で倒れた時に介添えするために、紋付き袴で後見。
舞台後方で控える。
曲がやけに長く感じる。
母がふらっとするたびに心臓がどきどき。
客席のお客さまが泣いている。
『もう少し。もう少し。お母さん頑張れ!』
やっと曲が終わった。
母が下手のそでに引き込む。すごい拍手。
母をもう一度舞台に呼び出す。
母のお辞儀で緞帳が降りる。

おそらく母の、長い長い舞踊人生最後の舞台に、ゆっくり緞帳が降りた。

051301
(門下生 集合写真)

051302
(『幽玄の世界』尺八奏者 矢下勇厳氏と)

051303
(母のリハーサル)

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