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2011年1月28日 (金)

『カレー屋さんライブでの出来事。』

今日は松山市郊外のカレー屋さんでのソロライブ。
このお店では、毎月のようにジャズなどの演奏会が催されるそうだ。

今夜も広いお店に、いっぱいのお客さま。
私は松山で、19年の間に14回演奏させていただいた。
前の方に座っているのは、私の演奏に毎回のように
来ていただいているお客さま達。

自然と演奏に気迫がこもる。
一部の演奏を無事に終えて休憩で糸を替えていると、
三味線胴の表皮に、ポツンと針で突いたような穴が。

『あっ!』と、私ははじけるように立ち上がってお店の人に、
『すみません。セロテープ貸してください。』
セロテープでその穴をふさいでいるうちにも、1ミリの穴が
2ミリ3ミリと、みるみるうちにひろがっていく。
『こりゃ時間の問題だな。』

お店の人にも主催の方にも無断で、まだざわざわと歓談している
お客さま達に、『すみませんー。2部をはじめます。』と、
三味線を構えた。

一曲でも多く、皮が破れる前に弾かなければ。
1曲め「津軽じょんから節中節」は無事。
2曲め「十三の砂山、どだればち」の十三の砂山の途中、
『バッ。』と皮が破けた。

とたん、まるで違う別の三味線のような、『ボンボン。』とした音になる。
そのまま何事もなかったかのように「十三の砂山、どだればち」を弾き終える。
目の前のお客さまは皮が破れた瞬間、『うわ!』っと少し飛び上がった。
ショックをあたえてしまった。
そこで私はにこやかに穏やかな声で、『今の曲の途中で、三味線の音が
変わったのがわかりました?』とたずねる。
お客さま達はいっせいにうなずく。
『今、三味線の皮が破けました。皮が破けた三味線の音は、
昔の津軽三味線の音のようになります。ですから2部残りの曲は、
昔の津軽三味線の曲を、昔の音で聞いていただきます。
では三味線の応急修理をいたしますので、5分間ほどお待ちください。』
セロテープを三味線胴の表面いっぱいに張りまくる。
私の三味線の皮は、セロテープ皮になった。

それから5曲。津軽じょんから節旧節のような、昔の津軽三味線の曲を
おもに演奏した。
演奏が終わると主催の方が蒼い顔で、『明日の演奏はどうしましょう。』
松山中の三味線屋に、津軽三味線を借りれないか、電話をかけまくったそうだ。
そしてみな断られたと。

私は明日の演奏を観に来ると言っていた高知の友人を思い出した。
津軽三味線を習っている。
さっそく電話をする。
明日、早くから津軽三味線を3丁持って来てくれるそうだ。

主催の方の安堵の顔。
私の安堵の長い吐息。

その時になって、私の胃の奥がキリキリと痛んでいたのをやっと感じはじめた。

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2011年1月27日 (木)

『松山行き。』

鉄道で松山に向かう。
 
 
012700
(三島駅からの富士山)
  
  
今日はいいお天気。
三島駅では富士山がくっきり、浜名湖は湖面がきらきら光っていた。
 
 
012702
(浜名湖)

 
東京駅出発する時から、「東海道新幹線関ヶ原付近雪のため
徐行運転。」とのアナウンス。
岐阜羽島を過ぎると一面の雪景色。新幹線はスピードを落とす。
今まで真っ青な青空だったのが、今は白と黒の山水画の世界。
ゆっくり雪景色を楽しむ。
 
京都駅15分遅れで到着。
岡山駅での松山行き特急しおかぜ号への乗り換え時間は、
18分しかない。
 
まもなく岡山駅、到着はしおかぜ号発車の3分前になりそう。
なんと微妙な乗り換え時間。
『よし!走ってやろう。』と、三味線と荷物と両手に持って、走るかまえ。
ところが『岡山駅ではしおかぜ号が皆さまのお乗り換えを
お待ちしております。』と車掌さん。
安心して小走りで乗り換えホームに向かう。
 
ところがなんとしおかぜ号、私の目の前でドアが閉まる。
そしてあっけにとられている私の前をするすると走り去って行く。
 
そこにいた出発合図を出した助役さんに、『あの~、今のが
しおかぜですよね?』とたずねる。
私の後からぞろぞろ来ていた新幹線からの乗り換え客たちが、
助役さんを取り巻き責め出した。
『なんで待ってないの?新幹線の車掌さん待ってるって言ったのに。』
どうやら助役さんのところには、新幹線の乗り換え客を待つ連絡が
来てなかったらしい。
助役さんを責めてもしおかぜ号は戻って来ないので、私はすぐに
窓口で次のしおかぜ号に切符を変える。
 
発車まで一時間、岡山駅のなかのお店を見て歩く。
紅茶専門店で試飲した。
『う、うまい。』
思わず試飲した茶葉を買ってしまった。
川根紅茶。50g1200円。
その時は気づかなかったけど、後で考えたらけっこう高い。
高い買い物をして、しおかぜ号岡山駅発車。
 
瀬戸大橋を渡る。
 
 
012703
 
 
012704
 
 
澄みわたる青空、瀬戸内海の島々、行き交う汽船、海は凪いでる。
瀬戸大橋を渡り宇多津を過ぎる頃、夕陽が傾きはじめた。
海岸沿いを走るしおかぜ号、窓から瀬戸内海を見ていると、
まるで海の中を走っているみたいだ。
 
 
012705
 
 
夕陽が沈み瀬戸内海の空は様々な紋様を描き、やがて少しずつ少しずつ
黒く消えていく。
 
 
012706
 
 
012707
 
 
まもなく松山駅到着。
 
お迎えの主催者の方々とお食事。
今夜の泊まりは道後温泉だ。

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2011年1月16日 (日)

『名取講習会、名取試験』

昨日は朝早くから私のお弟子さん方が集まって、一日講習会。

午前は名取さん方が一年に一度、一同に会し近況を話し合う名取会議。
続いて津軽三味線についての講義。

今回は津軽三味線演奏の実際の表現法について話した。

お昼休みの後、いよいよ名取試験。
名取資格を得るための試験。これがなかなかの難関。
今まで一回でパスしたものはいない。
この試験では名取さん方が全員、皆審査員として審査する。

試験の後の審査会議では、名取さん方の様々な意見が出てくる。
これがまた面白い。
しかし不思議なことに、受験者の演奏のいいところ良くないところ、
最終的には皆意見が共通してくるのだ。

名取さん方は皆三味線歴十年二十年のベテランばかり、さすが。
この名取試験を講習会の中で行うようにしたのは、名取さん方が
受験者を審査することが、これから三味線を指導していくのに、
とても役立つと考えたからだ。
実際、審査員歴の長い名取さんほど講評が的確だ。
審査会議終了後、講評の後試験審査結果発表。

今回受験者四名、合格者はなかった。

休憩をしてから、合奏講習。
音量音色を揃えるように講習。
そして最後に唄付け講習。
唄い手さんに唄ってもらいながら、私が実演。
よされ節とあいや節の唄尻の切り方を講習した。

合奏講習では名取さん方がたてを取る(合奏の指揮を取る)稽古もある。
その時私は、合奏している皆さんの一番後ろから見ていた。
皆一心に心を合わせ、私が作った合奏曲を一生懸命弾いている後ろ姿
。『私を必要としている人たちがいる。私を目指している人たちがいるんだ。』
私の胸の中に、暖かいものが溢れていく。

『私は、なんて幸せなんだろぅか。』

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2011年1月 1日 (土)

『明けましておめでとうございます。』

昨年中は、皆さまに応援していただきまして、誠にありがとうございました。

おかげさまで昨年は手首も腫れずに、ひとつひとつの演奏会すべてを、
一生懸命演奏することが出来ました。
私にとって、皆さまの前で演奏出来ますことが、何よりもの幸せです。
今年も演奏を聞いてくださる皆さまが、ますます元気に魂が輝くような、
そんな演奏が出来ますよう、精一杯努力してまいります。

今年もどうぞよろしく、お願い申し上げます。

追伸
11日は音金ライブに、パーカッションの芳垣さんをゲストに迎えます。
芳垣さんは今や大変な売れっ子ドラマーですが、かつては『佐藤通弘
津軽三味線楽団』のメンバーで、私といつも一緒に演奏していました。
その頃通芳はまだ小学生ぐらいで、芳垣さんは通芳とキャッチボールを
してくれました。
芳垣さんとの十なん年ぶりかの共演です。
お時間がございましたら、どうぞお出掛けくださいますように。

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