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2010年7月28日 (水)

『赤坂大歌舞伎』

昨夜は赤坂アクトシアターに、「人情噺文七元結」「鷺娘」を見に行った。
私の誕生日に、次男からもらった赤坂大歌舞伎のブログラムをかかえて。

このプログラムの裏表紙には、今回の赤坂大歌舞伎の演出をした
山田洋次監督のサインがある。
このサインは次男が舞台稽古の時に、山田洋次監督に「私の父が
山田監督のファンなんです。」と言って書いてもらったものだ。
(次男は歌舞伎役者の端くれをしている。)

開演前、次男の師匠に楽屋へ挨拶にゆく。
楽屋は、役者もそれを支える人たちも、開演前の緊張感で凜と静まっている。
いい緊張感だ。
「人情噺文七元結」は人情噺の名人、三遊亭円朝の口演した落語噺で
あったものを、歌舞伎に脚色した世話物。
私の右隣のお客さんも左隣のお客さんも、一緒に大笑い。一緒に大泣き。
なんでこんなに泣いたり笑ったりするんだろぅ。まるで勘三郎さんの意のままに、
私たちが操られているようだ。

この噺は落語で何べんも聞いていて、筋はわかっているはずなのに、
初めて聞いたように、はらはらドキドキ、泣き笑う。

ハッピーエンドの大詰めでは、私もとても幸せな気持でいっぱいになる。
本当に素晴らしいものを観た。

ジャンルこそ違うが、私も三味線の演奏でお客さまの心を動かしたい。
真からそう思った。

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2010年7月17日 (土)

『ブラヴォー!大野一雄。』

朝日カルチャーセンターでの講習の後、
大野先生のお別れ会『ブラヴォー!大野一雄の会』に行く。

会場は横浜赤レンガ倉庫そばのBankART。

ここで、むかしいろいろな舞踏のダンサーと共演した。
大野先生ともさせていただいた会場。

湾岸線が渋滞で、BanKARTに着いたのはもうお別れ会終了30分前。
それなのに会場内はすごい人。

献花するために、長い列に並ぶ。

祭壇には先生の遺影と共に、先生が稽古場で使っていらした椅子や
舞台の衣装の数々。
献花ののち、大野先生のご子息で舞踏家の大野慶人さんに、無言の
挨拶をする。

会場では、かつて私が大野先生のパフォーマンスに共演させて
いただいた時のスタッフの方々に出会う。
舞台監督の溝端さん、カメラマンの池上さん。それに釧路ジスイズの
小林さんにも出会う。

皆さんと会えて、なんか同窓会みたいに懐かしい。
聞けば、今日はすでに千名以上の方々がこの会場に集まっているそうだ。

やはり大野先生はすごい!

大野先生は私に『芸術は本当にある。』ということを目の当たりに
見せてくださった方。私の演奏家としての指針を示していただいた方。
でも今日のこのお別れ会に来て、私はまたもう1つの指針をいただいた。

私は五年前、お弟子さん達が集まる講習会で、『私はいい人になります。』
と宣言をした。
私の友人に葬儀社の経営者がいる。その友人曰く、『社会的にも地位が
あって財産があって、お金をかけた大きな葬儀でも、さみしい葬儀があるよ。
逆に地位も財産も無くて小さな葬儀でも、心暖まるいい葬儀もあるよ。
私らはその人の生前を知らなくても、葬儀にどのような人達がどのくらい
集まるかで、その人の人生が分かるんだ。』

その話しを聞いて、『死は人生の最終到達地点。その葬儀にどれだけの
心ある人達が、どれだけ集まるか?これからはそれを目指して生きよう。』
と思ったのだ。
それまでは、どんなに悪い人でも嫌な人でも関係ない、三味線の演奏さえ
よければそれでいいんじゃないか。そう思っていた。
でもそのままいったら私の葬儀は、きっとさみしいものになってしまう。

今日の大野先生のお別れ会は、まさしく心ある方々が千名以上も集まった、
心暖まる素晴らしい葬儀だった。
私も、たとえ一人でも二人でもいいから心ある人が集まる、心暖まる葬儀が
出来るように、これからの日々を生きていかなければ。


071700

本当にありがとうございました。大野先生。

『ブラヴォー!大野一雄。』

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2010年7月10日 (土)

『俺が生き残っている理由。』

鎌形さんが亡くなった。脳腫瘍で。まだ60才なのに。
 
鎌形さんは今から14年前、友人の結婚式でした。
私の演奏をきいて『すごいsign03すごいsign03』と、私に話しかけてきた。

それ以来、色々なところに私の演奏を紹介してくれた。
そして毎年年末には、鎌形さん自宅アトリエ虎の穴で行われる
『虎の穴コンサート』。

鎌形さんは新聞事業家であるとともに、画家でもあった。
アトリエ虎の穴には、鎌形さんの作品が多数かけてある。
特に裸婦がいい。
鎌形さんはスケベな人なんだなぁと思った。とても純粋な人だった。
 
 
今夜はお通夜。
お坊様のお経の中、参列者の焼香が始まる。
お香の煙りの中に鎌形さんとの思い出が、次から次へと浮かんでは消える。
 
 
奥様は静かに哀しみを消して、参列者にお辞儀をしている。
奥様も涙をこらえているのだから。
歯をくいしばる。
通夜が終わり、奥様に挨拶に行く。
 
 
『鎌形は入院中、通弘さんの三味線をCDで、繰り返し
繰り返し聴いていました。亡くなる前まで。』
 
 
それまで平静を保っていた、奥様の目には涙が溢れた。
一言も返すことも出来ずに、ただ頭を下げる。
 
 
その後、友人知人達と話しをしたが、あまり覚えてない。
ふらふらと駐車場に。
 
 
その間中、『お前は何の為に生き残った?三味線を弾く為じゃないのか。
ただただ三味線を弾く為に生きているんだろぅ?』そうゆう鎌形さんの声が、
頭の中にわんわん響く。
 
 
車の中で、堰が切れたようになる。
しばらくは、車を出すことが出来なかった。

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