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2008年5月23日 (金)

『今日はいい日。』

今日はいいお天気。夏のような青空。
私の乗った電車は、森と住宅地の中を埼玉へと向かいます。
今日はたった一人のお客様のために演奏をするのです。

その方が私のお客様になってくださってから、もう二十年以上にも
なるでしょうか?!その方は、たとえば私が地方の演奏会場で、舞台の
袖から客席をのぞいたりしていると、『あれ、こんな遠いところまでいらして
いる!』と、驚かされるような、そんな方でした。
「佐藤通弘通信」を送った後にお手紙を頂いたり。四季折々のお葉書、
故郷のお土産など。とてもよくしてくださいました。
私が右手がまったく動かなくなり、三味線が弾けなくなってしまった時、
わざわざ自宅までお見舞いに来てくださいました。
その時私は、もう二度と三味線が弾けないかもしれないというところまで
追い込まれていました。
でもその方のおかげで、『私が三味線を演奏することを、楽しみにしていて
くださる方がいる。私の三味線を必要としている方がいるんだ。』と、思うことが
できました。そのことが、どんなに私の励みになったことか。

その後、ご自身が経営されていた会社を後進に譲られ、自ら老人施設に
転居された後、足の骨を折られてしまいリハビリ中と聞きました。
私はずっと気がかりだったのです。ところが今朝の明け方、夢を見ました。
その方がただじっと私を見ているのです。何もおっしゃらず、ただじっといる
のです。

私は起きるとすぐ電話して、施設に伺うことにしたのです。
駅からタクシーで五分、緑に囲まれた静かな佇まいの中に施設はありました。
私はその方のお部屋で、お一人のために三味線を演奏するつもりで行きました。
ところが、『私一人で聞くのはもったいないから。』と、施設の集会所を借りていて
くださり、私が着いた時にはもういっぱいのお年寄りが待っていました。

私は一生懸命演奏しました。

これが私の出来るただ一つの恩返しです。

帰りには玄関までお見送りをしてくださいました。タクシーの後ろの窓に、
手を振るその方の姿が小さくなっていきました。頂いたたくさんのお土産の
袋の中に、短い手紙がありました。

『今日はとてもいい日です。』

私の心の中に何かとっても暖かいものが、たくさんたくさんあふれて来ました。

今日はほんとうに、いい日です。


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2008年5月16日 (金)

「町田モコモコ」

今日は町田の『モコモコ』というカレー料理専門のお店でライブ演奏。
三味線一本ライブです。

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このお店では、月に一回から二回ライブ演奏を催すそうです。
私の知っている音楽家では、スパニッシュコネクションの平松加奈さん
やタブラの吉見征樹さんなどがよく演奏されるそうです。

田根さんと会場入りをして音を確かめてから、開演まであたりをぶらつき
ました。
このあたりは私にとってとても懐かしいところ。お店の向かいは町田市役所、
歩いて数分のところには私の母校 町田市立第一中学校があります。

中学校の時の私はまるっきりの子供で、いたずらばかりしていました。
友達とよくこの市役所の中で遊びました。市役所食堂でこっそりカレーライスを
たべたり、立ち入り禁止の市議会議場に忍び込んで、警備員に見つかり
追いかけられたり。また、そばには町田に古くからあるお肉屋さんがあります。
このお店の、もう亡くなった先代のおばあさんには、私が保育園の頃から
いろいろと可愛がってもらいました。

二人でぶらついていたら、いい感じの喫茶店がありました。
4人掛けのテーブルが4つにカウンターだけの小さな喫茶店。そこで紅茶と
フレンチトーストを頼みました。マスターは時間と手間をかけてフレンチトーストを
作ってくれました。
飲食店に入ればほとんどのメニューがレトルトか冷凍食品という昨今、
手作りのフレンチトーストがとても美味しく嬉しく感じました。
紅茶は白いポットで香りたかく、フレンチトーストはふわふわでした。

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高級ホテルのレストランならいざ知らず、500円のフレンチトーストに心を込めて
お客様のために一生懸命作るマスターに、感動すら覚えました。

開演まであと30分。
さぁ私も、心を込めて一生懸命、演奏しようと思います。

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2008年5月13日 (火)

「父との栃尾又温泉」

久方ぶりに訪れた栃尾又温泉を後にして、今日はバスと
鉄道で帰ります。夜には、帝国ホテルでの演奏があるのです。
栃尾又温泉を出たバスは、山道をくねりながら坂を下って行きます。

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栃尾又温泉には、昨年亡くなった父親と二人で来たことがありました。
十年くらい前だったと思います。父親と一緒に肩を並べてお湯に
浸かりました。お年寄りが多い栃尾又温泉ですが、同じ年寄りでも
私の父は筋肉質で、肩や腕にも筋肉が盛り上がっていて、
『俺のおやじは、まだまだカッコいいな。』と、なんだか誇らしい気持ちに
なりました。
同じ部屋で枕を並べて寝る時には、私に枕カバーのかけ方を教えて
くれました。私に教えるのがとても楽しそうに見えました。
でもそれからが大変。いびきはうるさいし、夜中にトイレに何回も起きて、
ガタガタとうるさくて寝てられません。
『もう二度と二人でなんか来ないぞ!』と、思ったのです。
それから本当に、二人でこの温泉に来ることはありませんでした。
これが父と二人での、最後の旅になりました。

山道をゆっくりと下るバスは、坂道を下りきると、『見返り橋』という橋を
渡ります。昔、近郷近在の農民達が冬の間、ひと月ふた月という長い
湯治をしに栃尾又温泉にやって来ました。
そして湯治を終えて帰る時に、この見返り橋から栃尾又を見返り、
楽しかった湯治に別れを惜しんだそうです。

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バスが見返り橋を渡る時、私もバスの窓から栃尾又を見返りました。
そして父と過ごした栃尾又に、別れを惜しんだのです。

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2008年5月12日 (月)

「久方ぶりの栃尾又温泉」

二年ぶりに栃尾又温泉を訪れました。

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(湯治場の趣栃尾又温泉旧館)

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(栃尾又温泉渓谷の浴舎)

私がこの温泉を初めて訪ねたのは、もう十数年前にもなります。
その年は、サクスホンの坂田明さんのミジンコ空挺楽団のメンバー
として、中国やモンゴルなどの国々を何ヵ月も演奏して回るはず
でした。
ところが一国めの中国北京公演の時に具合が悪くなり、私は
北京公演だけで帰国することになってしまいました。
その頃の私は体の調子が悪いことが多く、「ああ、今日は演奏が
出来た。でも明日は出来るのだろうか?」と、毎回毎回の演奏を
するのがやっとという状態でした。
この途中帰国という最悪の事態に、坂田さんや他のメンバーの
皆さんに対して申し訳ないという気持ちと、音楽家としてこんな体で
やっていけるのかと、体の具合もさることながら気持ちがとても
落ち込んでしまいました。

帰国してそのまま家で落ち込んでいるよりも、一人でどこかに行こうと
思いました。その時思い出したのがこの栃尾又温泉でした。
以前より、尺八奏者の木津竹嶺先生から栃尾又温泉の素晴らしさを
伺っておりました。
栃尾又温泉は日本でも有数のラジウム温泉です。ラジウムから出る
放射線は、体の細胞を刺激し活性化していきます。
だからお湯に入らなくても、この土地に来るだけでも体が良くなるんだと、
竹嶺先生がよくおっしゃっていました。

私は一人で一週間、この栃尾又温泉に滞在しました。
毎日毎日、午前、午後、夜と、温泉に浸かりました。湯温はほぼ体温と
同じ、お湯に浸かるとまるで母親の胎内にいるよう。
ひとりでに体が胎児のように丸くなり、心が落ち着いていくのがわかります。
他の湯治客も、お湯に入るとじっと無言で微動だにしません。ただただ
温泉に入って、ご飯を食べて寝ての繰り返し。お湯に浸かりながら青い空を
流れゆく雲、浴舎の対岸のブナの林、ふわりふわりと空を舞うように散る
落ち葉を、浴槽の大きな窓から眺めていました。

すると四日めくらいから、魂の奥底からむくむくと沸き上がるように
『三味線が弾きたい。』という気持ちが湧いて来ました。
『そうだ。体の具合がどうなっても、一回でも二回でも演奏が出来れば
それでいいじゃないか。私は演奏する為に生かされているんだから。』
そう思うことが出来るようになりました。
もう早く帰って三味線が弾きたくて仕方がありません。
栃尾又温泉に来た時は下を向いて歩いて来たのに、帰りは力が
みなぎっているようでした。

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(栃尾又温泉子持杉)

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(栃尾又温泉夫婦欅)

今も、キラキラと新緑にかがやくお湯に浸かりながら、あの頃のことを
思い出します。

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2008年5月 1日 (木)

『お客様はありがたい。』

昨夜は、西荻窪の音や金時でライブでした。
ジプシーヴァイオリンの太田恵資さんと、タブラの吉見征樹さんとのトリオです。

私は連日の疲れと気温の高さのせいか、ぐったりしていて体に力が
入りません。いつもならお客様がいらっしゃる前に一時間くらい三味
線を弾くのだけれど、今日は10分くらい弾いたらお茶を飲みに行って
しまいました。
なかなか、「よーし。演奏するぞ!」という気分にならないのです。
「どうしよう。」と思っているうちに、お客様がぞくぞくと入ってくるでは
ないですか。今日はゴールデンウィーク中だというのに。

私が三味線を持って舞台に上がると、楽しそうにざわめいていた客席が
一瞬にして水をうったように静まり、はりつめたような緊張感のある空間
になりました。お客様の緊張感が、そのまま私の緊張感に移りました。
先ほどまでの、だれたぐったり感はすっかり無くなり、「三味線を弾きたい!」
という気持ちが体の奥底からわいて来ました。
その時から最後のアンコールまで何も考えることなしに、ただ体の動くま
まに演奏をしていきました。

最後のメンバー紹介の時には、まるで大ホールでのコンサートのように
、「魅惑のジプシーヴァイオリン、太田恵資ぇー!! 指先の魔術師、吉見
征樹ぃーー!!。」と、絶叫してしまいました。
ぐったり感などすっかり忘れて、演奏をする前と後ではまるで違う体になって
いました。

よく、「佐藤さんの演奏でパワーを貰いました。おかげさまで元気になりました。」
なんて言ってくださるお客様がいらっしゃいますが。本当は逆で、パワーを貰って
いたのは私の方だったのです。

お客様はありがたいありがたい。

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