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2007年12月 6日 (木)

「北帰行(その二)」

弘前駅に迎えに来た通芳と二人で、師匠山田千里のお墓参りに。

お墓に積もった雪はさほどではなく、手で雪を掃除しました。
お花を替えてお線香を焚いて、手を合わせます。

『先生。私が三味線を弾けるのも、私が三味線を弾いて幸せなのも、
すべて先生のおかげです。ありがとうございます。ありがとうござい
ます。』

まるでお経のようにぶつぶつと語りかけると、ひとりでに涙がこぼれて
きます。
胸が感謝の気持ちでいっぱいになりました。そして生前先生に会えた時に
いつも感じていた、あのつつまれるような安心感がありました。

翌朝、弘前駅まで通芳は見送りに来ました。
駅中のドトールで、二人無言でお茶を飲みます。さぁそろそろ改札口に
行こうという時、通芳がケーキが食べたいと言い出しました。
テイクアウトのケーキを買ってあげて改札口へ。

お互い「じゃあ。」「うん。」と、私は改札を通りました。
しばらく歩き階段を降りかけた所で改札口を振り返ると、通芳は
まだそこにいて、買ってあげた小さなケーキの箱を持ったままこちらを
見ています。

私が手を上げると、通芳も小さく手を上げました。

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2007年12月 5日 (水)

「北帰行(その一)」

今日は私の芸のふるさと弘前に、久方ぶりの里帰りです。
私の芸の親である師匠の墓参りと、ママさんの顔を見に行きます。

上野駅地平ホームから、寝台特急「あけぼの」号での北帰行。

2007120521300000

弘前に行く夜行列車の旅には、様々な思いが交錯します。
上野駅を出る時は、夜行列車が出発するる時の哀愁を帯びた寂しさ。
やがて列車が走り出すと、わくわくする旅の楽しさ。
そして朝、弘前に近づくとこれから師匠に会える嬉しさと不安。

長いような短いような、12時間の旅です。

列車は上野駅をしずしずと動き出しました。
鶯谷のネオンの向こうに、オリオン座がかすかに見えます。
次は大宮駅に停車です。大宮駅のホームには、お勤め帰りの
お客さんが大勢並んでいました。
寝台車の中でくつろいでいる私と目が合ってしまうと、お互い目を
そらしてしまいます。
大宮駅を出ると、少しずつ街の灯りが少なくなり、空の星が輝きを
増していきます。
窓の右上にはオリオン座、左上には北斗七星。

高崎駅を過ぎるともう街の灯りはまったく無くなり、窓から見えるのは
星のまたたきと、うっすら浮かび上がる遠い山々のシルエットだけです。

長い長いループトンネルを抜けると、一面の雪景色。
寝台車の窓は次々に変わる風景画の額縁です。寝台に腹這いに
なって窓に額を寄せながら夜の景色を眺めていると、なかなか
寝ることが出来ません。

水上駅を過ぎ新津駅を過ぎた頃から記憶が無くなりました。

明るい日差しの中、ふと目を覚ましました。
車内はしーんと静まりかえっています。列車の揺れも走行音もしません。

窓の外を見ると鉛色の空の下、日本海の荒波が打ち寄せています。
強風が原生林の木々を揺らし、電線がうなり声をあげています。
駅でも無いそんなところに、列車はぽつんと停まっているのです。

強風のため列車の運転を見合せ、と放送が入りました。
ふつう列車が駅の途中で停まってしまったら、とても不安に思うものです。
でも今は違います。寝台車に乗っているのです。浴衣姿で寝そべって
いればいいのです。水も食料もあるし、トイレもある。
何時間停まっていても大丈夫。『このままここで、いつまでもいつまでも
停まっているのかなぁ。』と思ったら、かえってわくわくして来ました。

やがて列車は時速15キロの徐行運転で動き出しました。
日本海の荒波や強風に揺らぐ林や、長い鉄橋をゆっくりゆっくりと。
小さな町の小学校に登校する子供達は、『おはよう。』と声を掛け合って
いるのが聞こえるようです。無人駅を通過すると、女子高生がホームの
待合室にすし詰め。浴衣姿で外を見ている私を指差して笑っています。
また眠ることが出来なくなりました。

弘前駅には、一時間半遅れでの到着。
寝ぼけまなこの通芳が、改札口に来ているでしょうか。

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