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2006年12月10日 (日)

「通芳への手紙」

通芳、釧路駅前の讃岐うどんのお店を覚えているか?

三年前に釧路に来た時に二人で入ったうどん屋さん。
その時は開店したばかりで、お年より夫婦が二人でやっていて、
セルフサービスなのに、おじいさんがうどんを作るのが遅くて、
カウンターの前でしばらく待っていたっけ。

『こんな感じでは、せっかく開店したのにあんまりこのお店は長続きは
しないんじゃないかなぁ。』と心配していたけど、まだちゃんとやっていたよ。


夜のライブまで暇があるから、ひとり駅にやって来た。

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私はいつも地方に来た時に、暇があると用も無いのに駅に来てしまう。
駅に行けば線路がどこまでもつながっていて、懐かしい人に会えるような、
懐かしい土地に行けるような、そんな気がするんだ。
駅の改札口あたりをぶらぶらしていたら、駅のちらしに「親子きっぷ」ってい
うのがあった。

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『そういえばむかし、こんなきっぷで通芳と、北海道をまわったっけなぁ。』
と、思っていたらどうゆう訳か、涙腺がゆるんできてぽろっと涙が流れて
きてしまった。


それで今、こんな手紙を書いてる。


通芳は元気でやってるか?私は昨夜はすごい演奏したんだぞ。
ジス イズで、ソロライブ。
「大野一雄百歳祝祭記念、佐藤通弘ソロライブ二夜」。

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私の三味線一本で80分、想念の中の大野一雄先生と共演したんだ。
お客様もすごい集中力だった。
私もお客様も完全に一体となって、スポットに照らされた大野一雄先生が
ありありと見えて来た。

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今夜も私はすごい演奏するぞ絶対。

通芳が小さい時から、私は通芳を可愛がってあげることが出来なかった。
私自身がまだ幼くて、親になることが出来なかった。今ではそれをとても
悔やんでいる。悔やんでも今ではもう取り返しのつかないこと。

こんな私なのに、通芳は私と同じ三味線の道を選んでくれた。
だからこれからは、同じ三味線という道を歩む先輩として、私の出来ることで
応援してゆこうと思っている。

通芳は頑張っていると思う。弘前での修業はつらい。
私もかつて、通芳と同じように弘前でした修業は、本当につらかった。
私には一年半しか耐えられなかった。通芳はもう二年になろうとしている。

私は通芳を誇りに思う。
頑張れ!

三味線は一生修行だ。

師匠の山田千里は年をとればとるほどいい演奏をした。
普通「芸人はある程度年をとれば芸は落ちるもの。」などと言うけど。師匠は違った。

師匠の一番よかった演奏は、生きていた時最後の演奏だったんだ。
つまり前の演奏より今の演奏、今の演奏より次の演奏と。
芸の上昇はあっても、平行や下降はなかったんだ。私はこれを目指す。絶対に。
「佐藤通弘の生涯で一番いい演奏は、死ぬ直前の演奏だった。」と言われるよう
になる。
一生上昇し続けるんだ。

通芳、私を見ていろ。
通芳が私を見れるのは、私の背中だけだ。「やーい。ここまでおいでー。」と
私が言って、通芳がそこまで追いかけて「追い付いた!」と思っても。
私はまた先に行ってしまっているぞ。もし私が倒れたとしても、私は坂本龍馬の
ように、たとえどぶの中に倒れても前向きに倒れているから、通芳が見れるのは
永遠に私の背中だけなんだ。

やーい。ざまーみろ。がっはっはー。

通芳、また舞台で会おう。

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