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2006年11月30日 (木)

「夢のホテル」

今夜限りで、溜池山王にあるキャピトル東急ホテルは閉館します。

このホテルは、私の大好きなホテルでした。私が初めてこのホテルに
泊まったのは約二十年前、近くにあるサントリーホールでの演奏の時に、
主催の方に泊めていただいたのが最初でした。
ドアマンからベルボーイ、フロント、ハウスキーパーにいたる全てのホテル
マンの質の高さシックでクラシックな内装。品のいい落ち着いた客層
いっぺんに私はこのホテルに魅了されました。

それ以来、このホテルで泊まったり食事をすることが、私の私に対する
最高のご褒美になりました。私の誕生会を、メインレストランのけやきグ
リルで何回も致しました。スイートルームで、仲間を集めてクリスマスパ
ーティをしたりもしました。レストランを予約すれば、私の好きな席をとって
おいてくれます。そして私が何も言わずとも、私の好きなお酒や料理が
出て来るのです。
宿泊予約の電話を入れれば、私のいつも泊まるお部屋を用意しておい
てくれます。夜、ドアの前に靴を出しておけば、翌朝きれいに磨かれて、
朝食のルームサービスとともに持って来てくれます。
その磨き方の程のよいこと。塗った靴クリームがズボンの裾に着かず、
また靴の光沢も出るように、多からず少なからず。正に職人技です。

昨夜、私は夢をみました。夢の中でキャピトル東急ホテルのレストランに
来ているのです。そしていつもの席で、いつもの料理やお酒の前で、
「とうとう明日で終わりですね」。と、私は寂しく言うのです。
するとウェイターの方が、「このホテルは無くなったりは致しません。これ
からもずっと営業致します。佐藤様は夢でもごらんになったのではないの
ですか?」。と言うのです。
すると私は「そうか、ホテルはなくならないんだ。よかった、よかった。」と、
泣いて喜こぶのです。

その時にふと、目が覚めました。

しばらく、夢とうつつのはざまをさまよってから、やがて『キャピトル東急ホ
テルは無くならない、というのが夢だったんだ。やはりホテルは無くなって
しまうんだ。』ということがわかりました。

もうこれからは、夢の中でしかこのホテルに行くことが出来ないのだと。
私は寂しくて、しばらく眠ることができませんでした。

キャピトル東急ホテルは、私の夢のような、ホテルでした。

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2006年11月26日 (日)

「新酒の為の演奏会」

昨日は酒蔵での演奏会でした。

お酒を作る大きな樽のようなタンクがたくさん並んでいます。
まさにそのタンクの中では、酵母菌でお酒が育っているのです。
ここは北陸の魚津市。東京に比べてとても寒く、空気が澄んでいて、
ぴんとはりつめたような寒さです。演奏の前に会場となる酒蔵と、
敷地内にある湧き水を案内していただきました。
この湧き水は「日本の湧き水百名泉」に選ばれているそうです。
こんこんと湧き出でる湧き水を飲めば、冷たくても柔らかく、すばらし
いお水でした。こんなお水でお酒を作るのだから、出来たお酒は
たまらないだろうと思いました。
早くもこの湧き水で出来たお酒が、飲みたくなってきてしまいました。

演奏をさせていただける場所は、お酒の神様を奉ってある大きな
神棚の前です。外も寒いのですが、蔵の中はもっと寒いのです。
蔵の中は醸造中のお酒の為に、なんと冷房をかけていたのです。
お客様は50名くらいの方々。最初に社長さんのご挨拶がありました。
お酒はあと三日ほどで絞るのだそうです。その絞る前のお酒に、
三味線の演奏を聞かせていいお酒にする為に、私が呼ばれたの
です。せっかく演奏するのだから、聞かせるのはお酒だけではもっ
たいないので、親戚や近くの知り合いにも声をかけたのだそうです。

今日の私のお客様は、新酒だったのです。

昨夜は、蔵からいただいたまだ絞る前の濁った白いお酒。
純米酒。吟上酒。まったく堪能を致しました。おかげで今朝は寝坊
してしまいました。

今日は蔵本のご親戚の、お宅での演奏です。

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2006年11月25日 (土)

「富山地方鉄道」

今日は富山県魚津市の酒蔵での演奏です。
今まで時刻表だけでしか見たことがない、富山地方鉄道という
富山県の私鉄に私は前から乗ってみたかったのです。
富山駅にお迎えが来て下さることになっていますので、JRの特急を
魚津駅で降りて、隣接する新魚津駅から富山駅まで富山地方鉄道
に乗って行くことにしました。

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JRから乗り換えますと、富山地方鉄道の駅は閑散としていて、大変に
お年を召した駅員さんがひとり、のんびりと音量を大きくしたテレビを
見ていました。私も大きな声で電車の時刻を訪ねました。

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新魚津駅から乗るお客さんはお年よりばかり四人。やがて二両編成
の古い電車が、車体を左右にゆらゆら揺らしながら駅に入ってきました。
車掌さんはいない、運転士さんだけのワンマン運転。運転席の後ろに
はバスと同じ、駅ごとに変わる運賃表と運賃箱があります。
田園風景の景色の中を、のんびり走ります。単線の線路がまるで畦道
のように見えます。

駅ごとにお客さんが降りてゆき、とうとう私以外のお客は三人になって
しまいました。三人のお客さんは皆おばあさん。他にあいている席は
たくさんあるのに、仲良くひとつのボックス席のいます。ひとりひとりの
おばあさんは、皆違う駅から乗って来ました。そしてまた違う駅で降りて
行くのです。それなのに電車に乗って来ると、挨拶も無しに一緒におせ
んべを食べたり、お喋りをしたり。
そして「じゃ、行ってらっしゃい。」というように電車を降りて行くんです。
そう、この電車に乗っている私以外の人達は、皆知り合いなんです。
昔、瀬戸内海の小さな家島という島に向かう船でもやはりこのように、
乗客は私以外皆知り合い、ということがありました。でも電車では初め
てのことでした。

今日は北陸地方の11月にしては珍しい、とてもいいお天気。
遠い立山連邦の雪の白さと、澄みきった青い空がとてもきれいです。
田んぼの畦道を歩くように進む電車に揺られて行く。

この時間が、とても貴重なものに思えました。

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2006年11月 5日 (日)

「いわき弁」

今日はいわき市の公立高校での、学校公演。
栃木県大平町から昨夜のうちにいわき市に入り、今朝は早くから学校の
体育館でサウンドチェックです。

今日は、おだやかないいお天気。教室から、かすかに生徒さん達の歌声が
聞こえてきたりします。生徒さん達は、純朴そうな感じの若者達です。
なにか先生と生徒の関係がほのぼのとしていて、とてもいい感じがしました。
この学校は進学校ではないからのんびりしているんだそうです。

この高校の校長先生とは、十数年来のお付き合いをさせていただいております。
話しは変わりますが、校長先生は、映画「フラガール」を見て、映画の中で七回
も泣けたそうです。

そのお話しを伺い、私も「フラガール」を見に行きました。
七回は泣きませんでしたが、私もやはり泣けました。一心に、芸に精進していく
純粋さが、やはり人の心を揺さぶるのでしょうか。
結局、私は二度もこの映画を映画館で見てしまいました。

「フラガール」は、常磐炭坑閉山に向けて、炭坑夫達がリストラされていく中で。
その救済策の一つとして有り余る常磐の温泉を利用して、「常磐ハワイアンセ
ンター」を作る時のお話しです。
映画の中で、ふんだんに福島弁、いわき弁が使われています。
そのいわき弁が、ますます校長先生の涙を誘ったのでしょうか?
私にも主人公の女子高生の方言が、とても好ましく、可愛くうつりました。

私は密かに、この学校公演での生徒さん達とのやりとりの中で、生徒さん達の
いわき弁が聞けることを楽しみにしていたのですが、やはり生徒さん達は方言を
話してくれませんでした。
しかしこの後の打ち上げで、地元の方々のいわき弁を、それこそふんだんに聞く
ことができました。皆さんのお話しを聞いているだけで、なんかほのぼのと楽しく
なってしまいます。

私は福島弁、大好きです。

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2006年11月 4日 (土)

「大平町親子コンサート」

今日は栃木県おおひら町民ホールでのコンサートです。
通芳と二人での出演は、七月以来久しぶりのことです。

大平町は東北新幹線の小山駅から、お迎えの車で約20分。
小山の町を出ると、見渡す限りの広い平野が広がります。
なるほど、これは大平町です。

開演前、私がどんちょうの裏でスタンバイをしておりますと、町の助役さんが
どんちょう前でご挨拶をなさっております。
そのご挨拶の中で、「佐藤通弘さんは、映画『アダン』の音楽に参加なさって
おります。映画『アダン』は、皆様ご存じ当大平町出身の画家、田中一村の
一生を描いた作品であります。当大平町でもロケが行われ、映画の中に出
てくる古い家は、大平町の○○さんの家です。・・・」

またまた私は驚きました
私は大平町には初めて来させていただいたはずなのですが、なぜか大平町
という町を聞いたことがあるなぁ、と感じていました。

本当に、縁とは不思議なものです。

明日はいわき市の高校での、学校公演です。

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2006年11月 3日 (金)

「大安寺柳の蝉の声」

今日は岐阜県の大安寺という、古いお寺でコンサートです。

出演者は私と尺八の田辺頌山さん、太鼓唄の木津茂理さん。
それにすばらしい絵と言葉をお書きになります、作家のひろはまかずとし氏です。

今回のコンサートは、ひろはまかずとし先生のファンの方々によって実現しました。
いつもの私達三人の演奏に加え、ひろはま先生の創作実演と演奏とのコラボレー
ションが行われました。
大安寺は大変古い由緒あるお寺だそうです。私達の控え室にあてて下さったお部
屋には、昔、和尚様が篭ったという、狭い隠れ部屋のような部屋がありました。
茂理さんは、その部屋に篭って着替えをしていました。

私のソロ演奏の後に、木津茂理さんが田名部お島コ節を唄いました。

♪「田名部お島コのー、音頭とる者はー。大安寺柳の蝉の声ー。」

大安寺?私は驚きました。
少し背筋がぞわっとしました。
田名部お島コ節の歌詞の中に、大安寺があったのです。

明日は栃木県大平町、通芳と演奏です。

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2006年11月 2日 (木)

「小倉一郎さんの結婚パーティ」

今夜は小倉一郎さんの結婚披露パーティーです。

ホテルの宴会場に、280名もの人達が小倉さんの結婚をお祝いするために
集まりました。私はパーティの中で三味線を演奏させていただくことになって
いましたので、開宴前に会場にまいりましたが、早くも別室では記者会見が
行われておりました。会場の中にも取材のカメラがたくさん開宴を待っていま
す。さすが、小倉さんの長年のキャリアと注目度を感じさせます。

開宴いたしますと、セレモニー的な催しはほとんどなくて、もう和気あいあい
としたパーティーという雰囲気のままパーティーは進行いたしました。
私のような音楽家達は演奏をして、俳優やタレントの方々はご挨拶をなさい
ました。小倉さんの交友の広さには、大変感心を致しました。

もし私が今、結婚披露パーティをしたとしても、これだけの人数とこれだけの
そうそうたる名士が集まるだろうか?と、考えましたら、これは大変なことだと
思いました。小倉さんご夫妻の幸せいっぱいのオーラをいただき、私も
楽しく演奏をさせていただきました。

明日は岐阜に行きます。

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