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2006年9月29日 (金)

「佐藤通弘門下生発表会」

佐藤通弘門下生発表会が、明日9月30日に横浜市泉公会堂でおこなわれます。

私は二十歳の時から三味線のお弟子をとらせていただきました。それ以来、二十数年間、三味線の師弟という関係を通しても、いろいろな方とお付き合いさせていただきました。今思えば、私はお弟子さん方に三味線を教えたというよりも、いろいろな人生のことを教えていただいた、という気がいたします。お弟子さんは私の映し鏡。お稽古の時、私がいらいらすればお弟子さんもいらいらしてくる。私が笑えば、お弟子さんも笑う。これはお稽古に限ったことではなく。舞台上の演奏者と聴衆や、人と人と接する時は、みんなそうなんだ、思うようになりました。

発表会でお弟子さん方が演奏します。たとえ同じ曲を演奏しても、お弟子さん方ひとりひとりが皆違う演奏をします。三味線の演奏を通して、ひとりひとりの人柄や個性が手にとるように分かるような気がします。
もしお近くの方でお時間がございましたら、観に来て下さい。相鉄線いずみ中央駅下車、徒歩五分くらいの所にあります。開演一時、終演は六時から七時に予定致しております。

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2006年9月24日 (日)

「大通寺での演奏会」

昨日は滋賀県長浜の大通寺という、戦国時代からの古い大きなお寺で演奏させていただきました。
演奏させていただいたのは、そのお寺の大広間。伏見城の大広間を移築したものだそうです。大広間はとても広くて、三百人は楽に入る広さです。まるで黒澤監督の時代劇の大掛りなセットを見るようです。その大広間にいると、上座の広くて高い所に殿様が端然と座り、広間には何百人という家来がひれ伏している。そんな情景が浮かんでくるようでした。

一緒に演奏したのは、私の妹弟子の村富満世さん、パーカッション、尺八、マリンバなどを奏でる京都住まいのアメリカ人ロビン ロイドさん。このお仕事は村富さんからいただいたものです。妹弟子の村富さんからお仕事をいただくなんて、なんか私はとても嬉しく思いました。芸の上では師匠は私の親。村富さんは妹です。親が亡くなっても、兄弟が仲良く助けあっているのは、きっと天国の師匠も喜んで下さっているだろうな、と思いました。


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2006年9月18日 (月)

「東金文化会館」

昨日は東金文化会館で演奏させていただきました。
東金では、ほぼ毎年演奏させていただいておりますので、毎回コンサートの内容を変えて演奏致します。

今回は「津軽民謡と津軽三味線」という趣向の内容でプログラムを作らせていただきました。
今回のゲストは、太鼓を叩き唄うプレイヤー木津茂理、若いのにベテラン民謡歌手木津かおりの姉妹。成田市滑河在住、青森県出身の唄い手、堀越かつえ
以上のお三方に出演していただきました。

昔、私が三味線修行をしていた頃の舞台では、津軽民謡や踊りの伴奏九割、津軽三味線の独奏は一割、といったものでした。
最近は津軽三味線主体の演奏がほとんどなので、津軽民謡の伴奏をこんなにたくさんするのは、久方振りのことです。
私の中に眠っていた伴奏者としての津軽三味線奏者の血が、蘇ってきた感じがしました。

また舞台美術は、墨の絵作家の山崎倖子先生に私共のオーストラリア公演の為に制作して下さった大作を、東金文化会館にも使わせていただきました。舞台上には、恐山のような岩木山のような、不思議空間が生まれました。

私は二、三日前から体調がすぐれず、いい演奏が出来るかどうか開演の幕が開くまで心配でした。でもひとたび演奏が始まると体調のことも忘れ、演奏に集中することが出来ました。
コンサートの予定曲目が全て終わり、アンコールの拍手をお客様からいただいた頃には、もうすっかり元気になっていました。

私が若い頃には、お客様が多い会場であればあるほど、演奏の後で私の体調は悪くなっていることがありました。でも最近は、たとえ演奏の前に体調が悪い時でも、たくさんのお客様の拍手をいただくと、開演前よりも元気になってしまうのです。
とても不思議です。
私と同じように、お客様方にも私の演奏を聞いていただいたことで、さらに元気になって下さったら、とてもとても嬉しいと思います。

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2006年9月13日 (水)

「放射線検査」

今日は国立病院で放射線検査に行きました。

オーストラリアで、演奏の時に歯をくいしばり過ぎて、歯が悪くなってしまったのです。
受付から案内されて放射線科の待合室に行きました。壁に大きく「MRI検査について。」と書いてあります。読んでみますと、「この検査は狭い筒の中に入って受けます。撮影の時には大きな振動と音がします。検査は約30分かかります。」

私は閉所恐怖症です。(こりゃもう、ダメだ。帰ろう。)と思いました。ところが、ふと反対側の壁を見ると、「CT検査」と書いてあります。(あ、そうだ。そういえば歯医者さんはCT検査と言っていたなぁ。)と、思いだしました。こちらは「頭部だけの撮影です。」と書いてあるので一安心。まもなく技師の方に呼ばれCT検査室に。たしかに大きな機械に入るのは頭部だけですが、可動式のベッドに体をベルトで縛って、おでこと顎にもテープを貼り固定します。「頭を動かさないで下さい。つばも飲み込まないで下さい。目を閉じて開けないで下さい。」と技師の方が言いました。やがてベッドが前後左右に動いて位置が決まると、すごい音と振動がして来ました。何が起こったのかと思わず目を開けてしまったら、頭の周りの機械の筒が、すごい速さでぐるぐる回っています。(も、もうダメだ。もう、やめてくれー!って、言おう。もう、言おう。)とずっと心の中で言い続けていました。

私にとって長い長い10分間が終わりました。病院の外に出ると、冷や汗に濡れた私の首筋を、秋の風が心地良く吹いてゆきます。

「あー。自由ってなんて素晴らしいんだ!」つくづく思いました。

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2006年9月 5日 (火)

「英国総督邸にて」

12日間のオーストラリア演奏旅行、おかげ様にて、無事に終えて帰国することができました。
今回の演奏旅行もまた、私にとって忘れることのできない旅のひとつとなりました。

その中で印象に残ったのは、英国総督邸にての演奏会でした。
なん百年も前にたてられたという、重厚な煉瓦造りの総督邸は。見晴らしの良い丘の上で、芝生と咲き誇る花の中にありました。私達が大きな車寄せに到着すると、執事がにこやかに出迎えて下さいました。総督邸は建物もお庭もとてもひろく、二階や三階のテラスはまるで映画のセットに出てくる、英国のお屋敷そのものです。演奏者もスタッフも国際交流基金の方々も、みんなで写真を撮りました。私達の演奏は邸内のホールでさせていただきました。お客様は120名くらい。日本の総領事夫妻をはじめとする在ブリスベンの日本の方々と、英国総督をはじめとした英国、オーストラリアの 日豪交流の関係する方々でした。演奏が終わると総督が拍手をしながら立ち上がって下さり、それに続くように他のお客様も立ち上がって下さいました。

演奏の後には、大きなエリザベス女王の肖像画のあるお部屋に招かれ、飲み物をいただきながら総督閣下と懇談させていただきました。暖かいおもてなしの心遣いに、私達は皆感激いたしました。演奏家をしていてよかったなぁ、と思いました。

オーストラリアはまだ形式は英国の植民地です。ですから英国から派遣された英国の総督がいるわけです。そのへんの事情を現地の方に伺ってみました。オーストラリアの現状はもうほとんど独立国です。しかし昔からの大英帝国の一国という形は残している。このままの形を残して大英帝国のなかの一国でいるか、それとも形式的にも完全に独立をするのか、国民投票が行われたそうです。すると僅差で大英帝国の一国にとどまることになったそうです。ただ、むかしながらに英国王室を敬愛するお年よりのような人々がこの先減って、また次回国民投票が行われた時には独立になる可能性が高いそうです。

私はとても感心しました。一つは、国の大きな分かれ道を決める時に、国民投票をして国民に直接に決めさせたこと。そして僅差であったにもかかわらず国民投票の後は整然とその決定に従ったこと。 またもう一つは、少しの戦争も紛争もせずに、ひとりの犠牲者も出さずに独立することが出来るということ。なんて素晴らしいことなんだろう、と思いました。戦争や紛争を起こして、憎しみの連鎖を繰り返すよりも。お互いの尊敬や親しみを持ったまま、お互いを認めあうことが出来る。これは百万の軍隊を持つより力強く国を守ることではないだろうか。と思いました。

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