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2006年7月 7日 (金)

「さすらいの街」

私は今、札幌駅の駅ビルの中の小さな喫茶店にいます。30分後に出発する
夜行列車で上野に向かいます。窓の外は、買い物客が次から次へと通り過
ぎてゆきます。
とある街でひとり、長くもなく短くもない時間をぼんやり過ごしている時に、ふと
湧きあがる不思議な感覚があります。
「私は何処から来て何処に行くのだろうか。私はいったい誰なんだろう。ここは
何処なんだろうか。」と、なにか訳がわからない感覚におそわれるのです。

昔、大阪に10日あまり滞在していた時、昼間あいている時間に、ぶらぶら大阪
駅の近くを徘徊しました。大阪駅の駅ビルに中をただ意味もなく歩いていると、
階段の途中に小さな扉があります。その扉を中へ入って行くと、狭い通路の両
側に、昭和時代を思わせるような小さな縄のれんの飲み屋や、古い喫茶店など
があります。そしてさらに奥に行くと通路はますます狭くなり、人がひとりやっと
歩けるぐらいの幅になりました。
このまま行けば、「もう二度とこの迷路のような所から抜け出られなくなってしま
うのではないか。」と思いながらも、さらに進むと。やがてまた小さな扉があり、
そこを出ると突然まぶしいくらい広い、駅のコンコースに出るのでした。

とても不思議な場所でした。

まるで筒井康隆のSFの世界です。

私はここを密かに「レトロな未来都市」と呼んでいました。大阪に滞在するたび、
私はこの「レトロな未来都市」をひとり徘徊するのを楽しみにしていました。
ここで私はやはり、ひとり不思議な感覚におそわれるのでした。
根無し草のようにふわふわ漂うような漂泊感。「私は何処から来て何処に行くの
だろうか。私はいったい誰なんだろう。ここは何処なんだろうか。」。

海外演奏旅行の時、ひとりヨーロッパの見知らぬ街をさまよっている時にも、この
ような感覚におそわれることがあります。この不思議な漂泊感。これもまたひとつ
の旅なのでしょうか。

さて、そろそろ夜行列車がホームに入ってくる時間です。重い荷物と三味線を持っ
て、改札口に向かおうと思います。

通弘

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