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2006年5月30日 (火)

民謡ショー

28日は、久方振りに民謡のお仕事をさせていただきました。

今でこそ津軽三味線は独立したジャンルとして、津軽三味線だけのコンサートが行われるようになりましたが。私が津軽三味線を志した頃は、津軽三味線は津軽民謡の伴奏という位置付けでありました。ですから昔は民謡のお仕事の方が多かったのです。

混雑している楽屋の通路を歩いていると、十年二十年も前から知っている人の顔、顔、顔・・・。

「あ!お久しぶりです。お元気でした?」と、挨拶をしながら歩くと、なかなか自分の楽屋にたどり着けないほどです。昔は少し煩わしく思ったこともあるこの民謡の雰囲気も、今ではなにか懐かしい気持ちです。

民謡ショーはたくさんの出演者の方々がいるので、たいてい長時間の演奏になります。私は自分の出番までの間、客席で他の出演者の皆さんの演奏を聞いていました。同じ曲でも、演奏者の個性によっていろいろな曲に聞こえてきます。とても面白いと思いました。そして、演奏を聞いているお客様は、「演奏者のどこにひかれるのだろう?」と思いながら聞きました。演奏の技巧の優劣はあるものの。私はやはり、「出演者が舞台に出た時の存在感にお客様はひかれるのではないか。」と思いました。その出演者が舞台に出ただけでその存在の意味を感じさせるような、そんな演奏者にお客様はひかれるではないのかと。私の師匠山田千里は、体こそは小柄な人でありましたが。ひとたび舞台に上がれば、まるで岩木山のように大きく大きく見える演奏者でした。ですから、よく人に「あー。山田千里さんて、体が大きい人でしょう?」聞かれたものです。今に私も、「佐藤通弘はひとたび舞台に上がるならば、まるで別人のように、山のように大きく見える演奏者だ。」と言われるような、存在感のある演奏者になりたいと思いました。

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2006年5月26日 (金)

初めての時々日記

いつもホームページをご愛読いただきましてありがとうごさいます。
これからは時々、日記のような文を書かせていただきたいと思います。ホームページ記事共々読んでいただければうれしく思います。

今朝、私の母親から電話がありました。今、弘前の津軽三味線ライブハウス山唄に修業に行っている長男の通芳のことを、いろいろと様子をうかがうように聞いてきます。
「いったいなんなんだろう?」と、思っていると。通芳がマルチ商法にひっかかり、お金がどうにもならなくなり、お店のお金を使い込んでしまったのでどうにかしてほしい。
という電話が私の母親にあったというのです。
通芳は、携帯電話の番号を変えたとか。親には言わないでほしいと言っていたとか。
まったく腑に落ちないことばかりなので、通芳の携帯電話にかけてみれば通芳が電話に出て、そのような電話はまったくしていない。と言うのです。今はやりの「振込め詐欺」だったのです。
最初に「僕、通芳だよ。」と言ってきて、電話口で泣きじゃくる様子など、母親は絶対これは孫の通芳に違いないと思ったようです。

通芳のことや母親の電話番号などの情報を得るのにも、お金や手間がかかるでしょうし。これだけの演技をするのもまた大変なことです。これだけの大変なことをする労力があるなら、その力をまっとうな仕事に向けたなら、どんなにいい仕事が出来るのか、と思ったのですが。やはり世の中、いろいろな人間がいるもんだということでしょうか。

三味線の音色がどうのこうの、などということに命をかけるなんて言っている私もやはり、そのいろいろな人間の中の一人なんでしょうか?

佐藤通弘
http://www.tsugaru-michihiro.com

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