2009年6月13日 (土)

『ライブ演奏の楽しさ。』

今日は新宿のとてもおしゃれなお店でのライブ演奏です。
昼夜の二回演奏。

オーナーもスタッフの方も若い女性。
お客様も女性が多いお店ということで、張り切って会場入り。
店内は三味線の反響も良くて、生音でも十分いい音。
窓の外は新宿通りで車の交通量も多いが、窓を閉めて
演奏すれば車の音は浜辺に寄せる波の音。
明るく解放的な店内、昼の部では悲しく切ない津軽音頭を
演奏する時にはどうしよう。でも目を閉じれば、ただ荒涼たる
津軽の浜辺に、寄せては返す波の音。

津軽音頭が終わって目を開ければ、お客さまが涙。涙。
やった!今日も女を泣かせちまったぜ。

俺も罪な男だなぁ。
そしてその後の話しでお客さまを沸かせて。
演奏もお話しも、お客さまとのセッション。

行って来いが面白い。

一つの空間に何十人の人が集まって、私が音とか声とかを
出してそれにお客さまが反応して、またそれに私が答えて。

みんな一緒、みんなの心が一つにとけあって、この世の中私一人
じゃないって思えるこの瞬間。

心の奥そこから幸せな感じが湧き出てくる。

夜の部はテーブルにキャンドルを灯して。仲良く顔を寄せ合って
私を見ているカップル。真剣な面持ちで私を見ている女性。
ニコニコしながら見ている初老のご夫婦。いろいろなお客さまの顔を、
キャンドルが照らし出す。

芸人は何が嬉しいかって、お客さまの喜ぶ顔を見ることが最上の喜び。

あーあ。今日も楽しかった。

| | コメント (0)

2009年1月25日 (日)

『一つ一つが、一度きりの演奏。』

今日は立川の高齢福祉施設でのコンサート。
この施設では月に一回、いろいろな音楽家を招いて
コンサートを開いているそうです。

お客様は施設の方以外にも、ご近所にお住まいの方々もいらっしゃいます。
会場に着くと舞台や音響のチェックをしてから、弟子の星野君と
施設の食堂のお昼をいただきました。

開演時間が近づき紋付き袴に着替えていると、
『もうお客様がいっぱいです。こんなにたくさんのお客様が入ったこと、
今までありませんでしたよ。』とのこと。
とても嬉しくて、なんか気分が上向いて来ました。

演奏中は演奏に集中出来て、あっという間にプログラムが
終わってしまいました。施設の方々もご近所の方々も、会場で
一つになり私の演奏もお話しも、食い入るように聞いてくださいました。

楽屋で着替えていますと、何人かのお客様が楽屋を訪ねてくださいました。
その中の一人の方が、昔のソロCD『ジョンカラ』を私に見せて、
「10年前に佐藤さんのコンサート行って、サインしてもらったCDです。」
「今日もサインしてもらえますか?。」と、おっしゃいました。
私がサインさせていただいている間にされた、その方のお話しが胸にしみました。

「10年前コンサートには妻と母親と三人で、一番前で見たんですよ。
でもその妻は三年前に亡くなりました。妻とはいつも『佐藤さんの三味線の演奏、
よかったね。』と、話していましたので、妻の葬式では佐藤さんのこのCDを流して
妻を送ったんです。昨年母親も亡くなり、今では一人暮らしです。」
「今日も一番前の席でコンサートを聞きました。10年前に三人で行った佐藤さんの
コンサートが、昨日のように思い出されて、涙が止まりませんでした。」
奥様とお母様と三人で来てくださった一度のコンサート。
この三人の方達にとって、たった一度きりのコンサートが生涯の思い出に
なったのです。とてもありがたいことだと思いました。
そしてまた、私にとっては年に何十回するコンサートでも、お客様にとっては
とても大切な一度きりのコンサートになるかもしれない。

『一つ一つの演奏が、お客様にとっても私にとっても、一生に一度しかない
大切な演奏なのだ。』と、思ったのです。

| | コメント (0)

2009年1月 1日 (木)

「お正月のめでたさよ。」

お正月のめでたさとは、『終わり無き世のめでたさに。』と、
歌にもあるように。
時に終わりが無いことを祝うめでたさなのでしょうか?

作家山本七平さんの書いた本の中で、第二次世界大戦中
召集された山本さんが、フィリピンへ向かう輸送船の甲板から
真っ赤な夕陽を見た時、『この夕陽がずっと沈まないでほしい。』と
願ったそうです。
敵潜水艦がうようよいるバシー海峡で、いつ輸送船が
沈められるかわからない。

そのような時だから『どうかこの太陽を、明日も見ることができますように。』と、
思ったのです。イースター島のモアイ象も、古代人がやはり同じように
『明日も太陽が上がりますように。』と願って作ったのだという話しを
聞いたことがあります。

時の流れの永遠。それがありがたく、めでたいのでしょうか?

早朝、通芳から電話あり。『特急踊り子号の自由席は何号車なの?
車内販売はある?』。今日通芳は、伊豆のリゾートマンションの
ラウンジライブ演奏に行ったのです。かつては、私と二人で行った旅でした。
このリゾートマンションでの1月1日の演奏は、私が20年近く前からさせて
いただいた仕事です。
通芳が中学三年生の時に、初めて通芳をこの演奏に連れて行きました。
演奏前レストランで二人、食事をごちそうになっている時、『三味線ひきはいいぞぅ。
いろんなところに行けて、おいしいものは食べれるし。女の子にはもてるし。
おまえも三味線ひきになるか?』 と、私は通芳に言ったのです。
そして『もし三味線ひきになるなら、ここの演奏の仕事はおまえにあげるぞ。』と
言うと、通芳はなんと目を輝かせて大きくうなづいたのでした。

その後この1月1日の演奏には、二人で四回行きました。
そして前回からは通芳一人で行くようになったのです。

何年も何回も演奏させていただいた場所に行かなくなるのは、とてもさみしいものです。
ましてここの演奏は、20年近くも通っていたところです。でも不思議と、今回は
寂しさを感じないのです。
通芳が演奏することによって、通芳を通してこの演奏とお客様を私も
感じることが出来るような気がするのです。
そして毎年私の三味線を楽しみにしていただいたお客様達も、通芳を
通して私をも感じてくださるのではないかと思えるのです。

もうすぐ8時。あちらでは開演の時間です。
所長の新年の挨拶のあと通芳が紹介されます。
紋付き袴姿の通芳がスポットライトの中に登場。それを拍手で迎えるお客様達。
すべて私には、まるで見えるようにうかんでくるのです。

永遠に続く時の流れ。なんとめでたいことなのでしょう。

新年 明けましておめでとうございます。 元旦。

佐藤 通弘


| | コメント (0)

2008年11月 4日 (火)

「酒游舘 ライブレコーディング。」

昨夜は酒游舘で、15回目のライブ。
そしてライブレコーディングをしました。

私にとって、ライブレコーディングは初めての経験でした。

今までレコーディングは、すべてスタジオでしています。
私の場合、スタジオでレコーディングしたCDの演奏と、
お客様の前でするコンサートやライブでの演奏とは、
きっと違うものなんだと思います。

スタジオでの演奏は、テクニック的に間違わないように
ていねいに弾いているので、きれいでミスがほとんど無く
録ることが出来ます。
しかしライブレコーディングだとライブ感はよく録れると
思うのですが、私は演奏に入り込むと、どれだけミスを
してしまうのかわかりません。

ですから今まで、ライブレコーディングはしたことがなかったのです。
今回はいったいどうゆう録音になるのか、それがこわくもあり、
また楽しみでもありました。

一部の演奏が始まりました。
針の落ちる音も聞こえそうなほどのすごい緊張感。

私の緊張がお客様にうつったのか、ライブレコーディングということで
緊張されたお客様の緊張が私にうつったのか。
こんな緊張感は久しぶりです。息もできないくらいです。
その緊張感を反映してか、三味線の音色が硬く響きます。
『これじゃいけない。』と思いつつも、肩も手首も硬くなります。

でも一部最後の曲『津軽よされ節』を弾きはじめると、だんだんに
演奏の中に入り込んで行くことができました。

三味線を弾いている意識がなくなり、レコーディングしていることも、
ミスをしないようにしなきゃという気持ちもみんな飛んでいきました。

するとお客様も、今までの緊張感も硬さもすっ飛んで、曲中にも
すごい掛け声と拍手。

やっといつものライブ演奏になりました。
休憩後の二部の演奏は、ミスもレコーディングも意識しなくなっていました。

今回ライブレコーディングしたこの音源は、来年酒游館レーベルとして
リリースする予定です。きっとミスもたくさんレコーディングされていると
思います。三味線をなさっている方のお手本にはならないでしょう。


でもライブ感だけは、ふんだんに入っていることでしょう。

|

2008年11月 2日 (日)

「一番の幸せ。」

今日はお弟子さんを教えに、新幹線で大阪に向かっています。
とても穏やかなお天気。
新横浜駅を出ると、田んぼの向こうの霞みのなかに富士山と
丹沢の峰々が浮かんでいます。

110201

若い頃の私は、三味線を教えるのが嫌で嫌で仕方がありませんでした。

『私は演奏家であって、三味線の教師じゃないんだ!』という思いがあり、
イヤイヤ教えていたのです。
今思えば、その頃のお弟子さん達には大変申し訳ないことをしました。
私はこれまで35年間もの長い間三味線の演奏を続けてこれましたのも、
若い頃から私の師匠をはじめとしてたくさんの方々に支えられてきたからです。
その私が今度は、これから三味線を学ぼうとしている方々に、私の出来ることで
お返ししなければならないはずです。
そしてこの頃さらに思うことは、お返しをするとかということではなく、
『私を求めている人がいる、私を必要としている人がいる。』そのことが、
人としてどんなに幸せなことであるか。ということなのです。

演奏家のプロとアマチュアの違いとは?ということに対して。
むかし私は『演奏のうまい人がプロなんだろう。』思っていました。
でもこの頃、『聴衆のためお客様のために演奏するのがプロの演奏家。
自分のために演奏するのがアマチュアの演奏家。』なのではないかと
思うようになりました。

私の演奏を聞いてくださるお客様がいる。
私を必要としてくれるお弟子さんがいる。

これが私自身の、一番の幸せなのです。

110202


|

2008年10月22日 (水)

招待のお知らせ!!

10月26日に開催されます
「伝統の響き 親子で楽しむ邦楽コンサート」の
受付は10月20日で終了しましたが、
出演者枠で20枚分のチケットがございますので
急遽当サイトでも受付することになりました。

鑑賞ご希望の方は、
件名を『10/26明治神宮』として
お名前、連絡先、枚数を明記の上、メールをお送り下さい。
management@tsugaru-michihiro.com

入場方法に関しては改めてメール致します。

受付期間:10月22日14時~10月24日23時

コンサートの詳細はこちら

皆様のご来場心よりお待ちしております。

管理人

|

2008年9月27日 (土)

「門下生発表会。」

今日は二年に一度の発表会です。

千葉県の若葉文化ホールで、昨夜は舞台、音響、照明の仕込み
リハーサルをしました。

そして今日は本番。

門下生の皆さんは朝から緊張の面持ちで楽屋入りです。
私は門下生の皆さんに、プロの演奏家と同じような舞台を経験させて
あげたいのです。ですから発表会では、いつも私のコンサートでお世話に
なっている音響、照明、舞台監督、進行などのスタッフの方々をお願いして、
大きなホールで発表会をするのです。

出演の門下生は当日、会のもろもろの雑用を離れて、自分の出番のことだけを
自分の演奏だけを考えればいいようにしたいのです。

門下生の皆さんの出演前の緊張に耐える姿。
演奏中の真剣な顔。
そして演奏が終わった後に見せる感激の涙。

私はそんな皆さんの顔が見れるのが、この上のない幸せなのです。

閉幕演奏は門下生全員で『ドダレバチ』を演奏します。
一人一人が自作の歌詞で、一番づつ唄っていきます。私が最後に唄い後奏で
盛り上げ、緞帳が下がります。その緞帳をすぐにまた上げて、
会場のお客様と一緒に
『お手を拝借。
よぉー!しゃしゃしゃん しゃしゃしゃん しゃしゃしゃんしゃん
よぉ!しゃしゃしゃん しゃしゃしゃん しゃしゃしゃんしゃん
お!しゃしゃしゃん しゃしゃしゃん しゃしゃしゃんしゃん!
ありがとうございましたー!』。

今年の発表会の緞帳も、めでたく降りました。

|

2008年8月 7日 (木)

「爆心地ライブ。」

昨夜は、広島での爆心地ライブに参加しました。

出演はおおたか静流さん、パンクロックの遠藤ミチロウさん、
そして私の三人でした。

立ち見でいっぱいのお客様。
外国人のお客様も多く、日本離れした長く熱のこもった拍手を
いただきました。

昨日は広島原爆投下の日。広島では様々な催しが行われていました。
広島県庁前を、何万人とも知れないデモ行進が行きました。
街中に、平和を求める気持ちが満ちているようでした。

今日は新幹線で大阪に行きます。
広島駅の新幹線口のトイレに、落書きに対する「お願い。」と題する
掲示板がありました。私はこれを読んで、久しぶりに感動をしてしまいました。
一番下には「広島駅長。」と書いてあります。

080701

これを掲示させた駅長さんは、鉄道員としてだけでなく、人としても
立派な方だったのではないかと思いました。この掲示板のあるトイレには、
落書きはまったくありませんでした。

以下が、広島駅新幹線口にあるトイレの掲示板の内容です。
【お願い
新幹線口トイレにおいて在日韓国・朝鮮人を誹謗する極めて
悪質な差別落書きがありました。
過去において、朝鮮の方々に対する強制連行、強制労働という
歴史的事実があり、その方々の多くは鉄道工事をはじめ数々の
工事・基幹産業に従事させられました。
鉄道の発展、日本経済の発展はこうした朝鮮人の労働を抜きに
してはありえませんでした。
私たち広島駅社員は、このような在日韓国・朝鮮人と鉄道との
深いかかわりや歴史的事実を正しく認識し国際平和都市の玄関口に
ふさわしく、お客様に安心してご利用いただける駅にするため、
差別のない人間味あふれる豊かな駅づくりに取り組んでいます。
ご利用の皆様にご協力をお願いしますとともに、もし落書きをした人が
この掲示を見られたら、二度と同じ過ちを繰り返さないよう切望します。

1998年2月1日
広島駅長 】

|

2008年6月21日 (土)

「お寺のコンサート。」

今日はお寺でのコンサートです。
山門から参道、演奏会場の本堂にかけてキャンドルが灯され、
本堂もたくさんのろうそくが灯されます。

062101_2

このお寺は、酒々井と南酒々井の間の山中にあります。
むかし母が車でお寺の前の道を走っていた時、突然頭上の木々
から蛇がドサッっとフロントガラスに落ちて来て、母は「キャー!
キャー!」と叫びながらワイパーをブンブン振り回して、突っ走って
逃げたそうです。また猿に出会ったこともあったと、言っておりました。

私の住まいの住宅地から程近い所に、こんな山中の風雅なお寺が
あるのを、私は知りませんでした。

やがてキャンドルの灯が輝き出す頃、演奏がはじまりました。

062102

本堂いっぱいのお客様。ほの暗いろうそくの灯がゆらめく中、
お客様方の私を見つめる顔だけが浮かび上がります。

本堂の中に響く三味線の音は、大きい音はやかましくなく、小さい音は
澄んだように通りました。この風景、以前に何度も何度も見たことが
あるように思いました。私は今まで、何度かお寺で演奏をさせていただい
たことがあります。でも、それよりもっともっとたくさんこのような風景を
見た気がしたのです。

私の師匠のそのまた師匠の頃。
旅の中に日々の暮らしがあり、たどり着くその村の庄屋様のお屋敷や
お寺で、村人を集めて三味線や唄を聞かせたという。その頃の私の芸の
祖先達が、私の目を通してこの風景を見ているのでしょうか。
そして懐かしく、嬉しく思っているのでしょうか。

|

2008年6月 1日 (日)

「さすらいの街。」

今日の湖西市民会館での演奏のため、昨夜は久方ぶりに浜松に宿泊。

ホテルは、浜松に来た時には以前よく泊まっていたホテルを予約をして
いました。浜松の駅前はすっかり変わり、駅から歩いてすぐのホテルに
なかなかたどり着かない。
ホテルの建物は見えているのにそばに行けないのがもどかしく、持って
いる三味線が重く感じられました。

ホテルにチェックインして荷物を置いて、コンビニに水を買いに出る。
広い駅前広場は、地下のロータリーになってしまった。
地下ロータリーの真ん中には木々が植わり、なかなかいい感じ。
そこから見上げると、私の泊まるホテルが見える。ホテルは変わっていな
いのに、その周りの景色がまるで変わってしまっているのが何か変な感じ。
その古いホテルだけがタイムマシンで未来都市に来たみたいです。
私が訪れる地方都市はみな不思議。
特に一人で夜中にさすらう街は霧がかかったようにかすみ、街灯は
淡く目にしみます。未知の街をさまよっていても、『あ、ここはいつか
来たことがある。』と確かに感じることがあります。

それは夢の記憶か、はたまた前世の記憶なのか。

ホテルに帰り、窓から見た駅前の景色もまた不思議でした。ホテルの
中は、何回も泊まったことのある見覚えのある古いホテルの様子。
ホテルの窓の外は未来都市のように変わってしまった景色。

0601

さすらう街の不思議さよ。

|

«『今日はいい日。』